おたんこメモリー

おたんこなすな人生だ

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まぁなんやかんやあって、自分は今も会社づとめをしているわけで。ただ、変化もあれば今までと違う意識も持ち始めていて。

こんばんにー、おたんこなすです。

久々の投稿ですが、今までの久々と異なり生活に色々と変化が生まれました。

 

自分は一時期ニートで、うつ病で、この世を地獄でも見てるんじゃないかという眼差しで見つめていました。

いや、実際この世界が天国だなんて思ってもいないですが、地獄でないことはわかってきました。

自分は色々”触りだけ”はチャレンジし続けてきました。ゲーム然り、バイト然り、その他然り。しかし、その中で漠然とあってもはっきりとはない「やりたいこと」を探し続けていました。そして、去年見つけました。

 

焼肉屋が好きです。

自分のお店を持ちたい、常連さんを得たい、お金を稼ぎたい。楽しく働きたい。

常々思っていたことです。

 

そして、僕は今中小企業の雇われ店長になれそうなところまできました。営業の基礎は勿論経営のやり方や売上高の計算方法。

沢山勉強することはありますが、自分の夢に少しだけ近づいていることがわかります。

 

それがちょっとずつの自信にもなっていますが何よりも大事なのが、生きがいになりつつあります。

自分がやりたいことへの組み立て、設計段階だった夢に今手が付き始めました。

 

とは言ってもまだ土台も土台、土地を購入したばっかりみたいなもんです。

このさき僕は、自分のお店を建てます。そして、上司や後輩といった概念に囚われることもなく自分のやりたいお店とお客様のニーズに合わせた妥協案を重ね愛すべき店舗を生むのです。

 

生みたいじゃない、生むんです。

それが自分がこの世界に生まれた理由、やりたいこと、自由への態度なのです。

 

今はまだ先輩方にたくさん怒られますし、バイトにも舐められますし、惨めで滑稽な思いもします。

でも、それも全て自分の経験になり、血となり肉となり、たまに喜びになりますから。経験ってやっぱり大事なんですよね。

学生時代、嫌なすべてから逃げ続けた男ですが僕は今逃げる事の対価を経験し、挑戦し成長することの喜びや価値を経験しているんです。

 

失敗も成功も経験している、これって成功だけを経験しているよりもずっと強くないですか?自分はそう思っています。

愚者なので、とことん経験から学びます。

 

もし、これで今の会社をやめてしまっても、途中で逃げ出しても、別にいいです。その時どうなるか、どんな対価が待っているのかは想像できます。

だって、ニート脱却のために必死こいて仕事探してましたもん。それだけじゃなく、職歴が付けばそれもデメリットになりうりますから。

 

たらたらとよくわかんねーこと書き綴りましたけど結論から言いますと、自分は今自分の為に努力していて、その努力を決して面倒だとは感じていないんですよね。

 

生きることは劇的です。

 

 

以上、実家よりおたんこれぽーとでした。

ツイ垢消しちゃったんだね

生きてたら、それでいいのですが…。

 

自分は、勝手ながらこの世界に苦しむうちの一人だと思ってました。

 

自分と同じように、辛くて苦しくても、もがいて生きていて。

 

僕は結構好きでしたよ、生きることはとても苦しく形容し難い感情を生みますが、同時に決して否定のしようもない幸せも得ることがきっと出来ますよ。根拠なんか何も無いですが、そう思ったほうがきっと楽しい。

 

心の持ち用、なんて言ってしまうとすごくチープですが…。大切な事で、きっと幸せになるにはそれが必要なんです。

 

喜びも悲しみもここで意味が生まれるんですよ。

ケチャワチャ

ケチャワチャって知ってます?

初めて見たときから顔が凄く怖くて、動きも不気味で気持ちが悪かったの。

会社だとか、友達だとか、俺は人と関わる場面では特に、その、生きている上で絶対に大切にしてることがあって、それは保身なのだけど時折ミスを犯して声を荒げて怒られることがある。

その時、背筋が凍って、見てはいけないケチャワチャが見えてしまう。

久しぶりになんか書こっかな〜

つって、誕生日過ぎてから投稿してみる。おたんこなすです。

 

今年で22才、早すぎてかなり怯えてます。この先30代に近づいている訳です。怖くない訳がない。

 

自分、去年は中々鬱が強くそれを誤魔化すために彼女を作ったのですが、かなり特殊で恐らく彼女も鬱を抑えるために僕と付き合ってたんですよ。滑稽なので周りには言わなかったですが。

 

でもその彼女とも今や関係消滅しつつあって、少し安心しています。

まぁ、これで一人ぼっちになっちったのですが。

 

女の子とはもう付き合わんなぁ、トラウマや。と言ったところです。

 

以上おたんこレポートでした。

たどり着いた儚い奇跡壊れないように

これを読んでくれてる人、元気ですか?俺は、元気だったり、そうじゃなかったり…。

 

最近は久々に鬱が波を立ててきていて、とても形容し難い感情です。でも、自分の気持や経験を文字にする事が好きなので、書いてみます。

 

色々考えてみました。

彼女について、仕事について、今後の人生について。

 

彼女と、別れたいです。彼女と居ると苦しいです、僕はいつも責められている気持ちになります。それは、常に僕の至らなさや愚かさが招いている事です。

僕自身、人は至らず、足りず、愚かであるべきと考えています。それは、人間としてのステータスであると思います。だから、僕は責めたりはしません。

思考の相違なのです、己のしない事を相手に向けられることが理不尽と感じる、そうでないと頭でわかっていても感情までは制御出来ないのです。

 

僕は常々言っていますが、人を苦しめるのは喜怒哀楽の喜び、楽しみだと思います。それは、現状の悲しみを増減させるんです、記憶は悲しみの重みを増すんです。

 

僕は、たったの一度も彼女に別れたいと伝えたことはありません。しかし彼女は毎度「別れるなら、私の結婚相手見つけてから別れてよ」「私の貴重な時間を取ったんだ、当然相応の慰謝料は支払って」と言います。

 

彼女の生きる時間と、僕の生きる時間。その価値に差異があるのかはわかりません。でも僕は、不思議と「慰謝料は当然だ」と考えました。自分では結局、彼女の相手には相応でないと感じていたんですね。

 

僕は、彼女と居るのが明確に辛いです。この間喧嘩した時から、その気持ちはより明確になりました。

僕と彼女は、同じマストドンのサーバーに居ました、そこで出会いました。僕は匂わすトゥートすらしていませんでしたが、彼女は名前こそ挙げないものの誰が見ても察しがつくほどの情報をそこに上げ、僕と付き合っている事実をログに残していました。

 

些細なことで喧嘩した夜、僕はむかっ腹が立ちスマホを布団に投げ、洗濯物と夕食、入浴を済ませていました。一時間程でしたか。全てを終え、スマホを覗くとそこには彼女の

 

「未読無視をするな」「真面目な話からも逃げる最低な人」「私のことなんて元から好きじゃないんだ」「時間を返してよ」

 

と言った旨のチャットと数え切れない電話が掛かってきていました。そして、マストドンには「これだから男は」「里親募集で子供探す」「彼氏はクズ」と綴っておりました。ええ、喧嘩の発端は本当に些細な、けれども僕の投げやりなチャットが原因でした。

 

 

 

 

 

僕の心は完全に折れました。

僕は、マストドンのアカウントを消しました。もう見ないように、せめて古傷が開かないように。

愛するとは何か、己は何を求めているのか。

お久しぶりの投稿、おたんこなすです。

 

半年近い期間、更新しない間に僕の人生は怒涛の勢いで突き進み、ジェットコースターのごとくぐるぐるとしています。

 

まず彼女ができました、相手は18上。つまり、40歳です。

年齢などどうでもいい、本当にどうでも良いのです。ただ、出会ったときは彼女の本質が見抜けずにいました。

 

僕はその彼女に依存しつつも、同時に彼女を嫌悪しています。嫌悪という強めの言葉を使わずとも、素直に苦手なのです。

 

僕自身、メンタルは強くない上社交性不安障害を患っています。特に、誰かに己の秘密や本質を話し嫌われることを恐れています。誰もが恐れること、だと僕は思っていました。

 

彼女を、愛していたのは事実です。しかし、いつしか愛は嫌悪や煩わしさに変わっていきました。なぜでしょうか。

 

今、というよりもここ数日全く今が働かず、何が悪いだとか何が良いだとか、原因すらもわからなくなってきました。

 

しかし、己の過ちであるという事実はまず間違いありません。

 

本当はブログに事細かく書きたかったです、でも書いている今もよくわからないです。書かないと、伝わらないのに。自分の気持が、文章に出来ない。

 

僕は、改めて死にたいと感じました。死にたいとは、逃げたいの意です。

 

以上、おたんこレポートでした。また詳しく書きたいです。