おたんこメモリー

おたんこなすな人生だ

CAMEL(12mg)感想

今月に新作が出たアメスピとCAMELのレビューです。CAMELは新作…?って感じだけど新作!です。

記事は2つに分けて書こうと思ってます。

 

まずはCAMELから。

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フィルターが火を付ける前からかなり柔らかいです。そして何より匂いが独特で空吸いするだけで葉の匂いを感じ取ることが出来ます。イメージとしては少し木のような、牧草のような、柔らかい匂いです。

 

火を付けてみると…

その特有の匂いはより強くなり、でもでも臭さは全く感じないですね。

ほんのりとした甘みがあってかつ、しんせいよりやや劣るくらいの香ばしさがあります。12mgってのもあって少しピリッと来るのもアクセントになってて美味しい。

 

ひっさびさにこれ美味しいなって言える紙巻きでした。(最初から低タールじゃなくてこれだしとけよ)

 

吸いながら書きたいのでアメスピは次回記事で。

以上おたんこレポでした。

久々に必死に現実逃避した

ツイッターで友達に煙草吸ってるやつは氏ね、地獄に落ちろ。って言われちゃったんだけど、正論だし何も言えないなぁと思った。

 

一応気は使っているつもりだけどやはり服に付着した匂いや吐く息の匂いまでは消せないしそういうのは迷惑なのかなぁと思ったり。その友達の前で吸ったことは無いんだけれど…。

 

結構怖いもんだね、友達にあんな攻撃的に言われると思わなくてツイッター即閉じしちゃった。

他の人にとって副流煙が嫌なものなのだという事実事態は認識出来ているけど、僕自身幼少から親が吸い続けてて副流煙なんか当たり前過ぎてそれが嫌悪スべきものであるという理解すら無かったから気持ちはわからないんだよね。勿論、わからずともわかろうと努めてはいるつもりで、だから非喫煙者の前では吸わないようにしていたのだけれど。

 

でももう俺の人生の唯一の拠り所というか、薬物が平穏と安定をもたらす事を当然としてしまっていて。そういう意味ではブロンODの方がずっと迷惑も掛けないなぁと思いました。

 

以上おたんこレポートでした。

働きたいです

今更ですが、アルバイトでも何でも休みの日が多いと腐ってきてダメですね。辛くても毎日働いてる方が給料も上がるし、腐らないです。

テンションと娯楽への熱意はガクッと落ちますけど、この日本でそんなものに力を入れるほうがどうかしてると言えますかね。勿論、最低限楽しむことはしますが…。

 

僕の日々の平穏はここ最近ずっと煙草に支えられていて、ニコチンを摂取する瞬間は最大の楽しみであると言えます。しかし、煙草も娯楽ですからお金は相応に掛かるものでありますしそんな多量のお金を浪費するのであればやはりシフトは最低限以上入るべきであると常々思う日々です。

 

さて本題です。

最近友達に嫉妬してとても嫌いになりそうです、元々僕は自意識過剰でしたが顔面の造形が明らかに他よりも下品であることは間違いないと確信を持てます。一口で言えば不細工であるわけですが、友人と来たらどいつもこいつも美しい顔立ちをしているわけです。そんな中僕が並べばどう見えるでしょうか?より下品さや醜さが強調され、友人の美形は僕によって引きたれられるのです。

 

金も、顔も、周りの評価も、何もかも友人共のほうが上です。僕は両親に憎悪しますし、こんなものに流され本当の価値を見失う自分にもうんざりします。しますが、下品な僕がこんなものを、こんな事を考えた所で所詮「不細工の言い訳」でしか無いのです。例えば僕が美形であれば、こういう考え方も一つになるでしょうが・・・。

 

と、そういう愚痴記事でした。チラ裏ってやつです。

 

以上、おたんこレポートでした。

死ぬほど久々にお絵かきの話題

とりあえず安心院さん仮塗りまでしましたが借り塗りまでしといてヘッタクソだなぁと一人笑ってた。やはり前回のこずぴぃが最高傑作なのか…。

 

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安心院なじみ

 

背景はとりあえずでつけた。

以下個人的反省点

・やはり右手、手が小さすぎるかなぁと思う。もしくは手をもう少し内側に傾けた方が自然だったかなぁ。

・顔かな?形がややふっくらしすぎ?この辺わかんないので上手い人の絵見て勉強したほうが良いな。

 

 

最初の頃よりはずいぶん見れるレベルになってきたけど(特にバランスはかなりマシになってきてる)もう少しランクアップしたい。また、影付けサボらないほうが良いけど覚えるのがめんどくさいのはどうにかすべき。

 

 

終わり

どっしよどっしよ

まーた昼夜逆転しちゃったおたんこなすです

 

 

焼肉屋で夕方からバイトしてるんですけど、お金が一生貯まらないので正社員やりたいんですよねぇ。しかし!問題が1つ!!

 

アルバイト辞めづらい!!!!!

 

入ったばっかりなのですぐ抜けるのもどうかなぁと思い、母に相談してみましたが「別にアルバイト辞めずに探せば良いんじゃない?」とトンチンカンなお返しを頂いたのでさぁやぁやぁ…と思いまして。

 

そりゃ別にたった今すぐ辞めてからとかじゃなくても良いんですけど探しゃやめる日は近いわけで…。ははは…。

 

 

どないしよーという話題でした。以上おたんこレポートです。

喜びも悲しみもここで意味が生まれる

書くこと無いけどね。えへへ。

 

 

何か書きたいなぁと思うので、何か僕が知っている情報を何となく書いてみようかなと思います。例えば僕の自己紹介。

 

 

僕は1998年5月14日に生まれました、何時に生まれたのかは忘れちゃいましたがなんか深夜とかだった気がします。

兵庫生まれ、兵庫育ち。神戸市の都会でも田舎でも無い中途半端な所で過ごしました。小学生の頃から逃げ癖が目立ち、二年生の頃に公園で仲良くなった六年生の男の子と夜七時頃まで遊び担任の先生と母親に本気で怒られたことはとても印象に残っていますね。

ご近所のひとつ下の女の子と3つ下の男の子とはよく妹も交えて遊んでいました。特に3つ下の男の子とは今でもよく交流するほどに仲が良いです。

 

小学五年生の頃にとても中の良いオタク友達Rくんが出来ました。休み時間は毎日Rくんとアニメの話をしていました。その頃はそうですねぇ、バカテスとか禁書とか。後はドクロちゃんもよくしましたね。

そういえばこの頃はポケットモンスターダイヤモンド・パールがとても流行っており、僕の家に男女含めて5,6人ほど来て一斉に通信対戦したこともありました。めちゃくちゃ汚い我が家に上げたことを今思い出すとやや恥ずかしいですが。その中には消防の分際で作っていた彼女も居ましたが、僕には友達との差別化が出来ていませんでした。ごめんねYちゃん。

 

六年生の頃に転校してきたTくんとも仲良くなり、よく遊びました。Tくんはデュラララが放送していたことを教えてくれて、好きだと行っていました。同時期にやっていた迷い猫オーバーラン!はエロアニメだと嫌悪していましたが今思えばどう見ても照れ隠しです、本当にありがとうございました。

また、この辺りでひたすらニコニコ動画を見ていましたね。ブロリーMADやら、バトルドームやら。やたら新鮮に感じて楽しんでいました。

 

中学に上がる頃、僕は父親と二人暮らししてました。あっ、言い忘れていましたが僕が小学校低学年の頃に両親は離婚していましたので。僕が中学3年生辺りまでずっとずっとずっとずっとずっと毎年毎年毎年毎年初詣に行くたびに再婚を願っていました。子供の可愛い、細やかな神頼みです。

小学校三年生くらいまでは母親と暮らしていました。沢山小学校を転校しました。住所不定気味だったのですね。それからは「ひとりぼっちじゃ父ちゃんがきっと寂しい」と考え父親と暮らしました。あぁ、楽しかったなぁ。父ちゃんと一緒に暮らすことは幸せでした。

 

 

少し脱線しましたね。

中学生になりました、小学校とは微妙に校区が違ったので殆どの人が知り合いではない中学に行きましたがその頃の僕はコミュ力が最強レベルに高かったので一瞬で友達を作りました。

一年生の頃は色々な人たちと仲良くなりましたが特に同じ吹奏楽部のDくんと仲良くなりました。DくんはややDQN気味でしたので僕は影響を受け自転車改造して遊んでました。ちょっと恥ずかしい思い出ですね。

 

 

二年生の頃。

クラスも代わり、同じクラスのIくんと仲良くなりました。その子はオタク系でしたので気が合いましたし、その頃放送していたギルティクラウンや這い寄れニャル子さんの話はよくしました。また、NHKで再放送していた日常の話もしましたね。

そして…僕は元々理由なく学校をサボってました。そのたびに父を怒鳴らせて、怒らせていました。それからです。僕は父から逃げ、母親と共に住むようになりました。これは呪いです、僕が自分に掛けた呪いで今も解けずにずっと、心に掛かってます。一生解けません。死ぬまで解けません。でも、後悔するのはもっと後なんです。

 

 

学校を転校し、またもや消防時代の同級生たちが居る中学に来ました。もう僕は逃げる事を罪だと考えないようになりました。一時の安らぎこそが至福であると思いました。しばらくして僕は中学校に行かなくなりました。所謂引きこもりです。しかも僕は、理由なく休みたい事がいけないと思い自ら理由を作りました。

SNSツイッターであえてクラスメイトばかりをフォローし、クラスメイトの悪口を書き込みます。そして、そこから僕が犯人であるとクラスメイトに特定させそれを「いじめ」と呼ぶことにより行かなくても良い理由を生み出しました。

 

そして本格的に学校に行かなくなり、スカイプちゃんねるで知り合った同じ引きこもり厨房が集まるグループで仲良くワイワイしておりました。そんな日々を過ごしていたある日、前中学で仲の良かったIくんの友人、Kくんと仲良くなりました。恐らく僕が生きてきたこの人生で今を含め最も仲がよく、信頼している人物です。Kくんも同じく理由なく学校をサボる人でした。夜中に自転車で散歩する所謂「深夜徘徊」にハマり、よく公園で落ち合いその非日常感に浸ったものです。とんだワルガキですねぇ。

 

 

高校に入りましたがその後中退した事以外は割愛します。楽しかったですが、どうだって良い話なので。

 

 

 

そしてニートになりました。

母親が結婚しました。僕の名字は父ちゃんから貰った唯一の証を失い、何も無いただ無意味な時間だけを過ごしました。

 

そこから契約社員になったことはこのブログでも以前記事にしましたね。現状に至るわけです。

全てを書くことはあまりにも膨大なのでかなり荒削りになりましたがこんなものです。

 

 

 

結構時間つぶしになってよかったのですが、なんだか少し気分が沈んでしまいました。やはり、楽しかった頃の記憶を思い起こすのは辛いものがありますね。

 

以上おたんこレポートでした。