沼底

その名の通り、沼の底。電波の霧が濃い為読み手を選ぶ。脳をおかしくしたくない方は読まないのが懸命です。

喜びも悲しみもここで意味が生まれる

書くこと無いけどね。えへへ。

 

 

何か書きたいなぁと思うので、何か僕が知っている情報を何となく書いてみようかなと思います。例えば僕の自己紹介。

 

 

僕は1998年5月14日に生まれました、何時に生まれたのかは忘れちゃいましたがなんか深夜とかだった気がします。

兵庫生まれ、兵庫育ち。神戸市の都会でも田舎でも無い中途半端な所で過ごしました。小学生の頃から逃げ癖が目立ち、二年生の頃に公園で仲良くなった六年生の男の子と夜七時頃まで遊び担任の先生と母親に本気で怒られたことはとても印象に残っていますね。

ご近所のひとつ下の女の子と3つ下の男の子とはよく妹も交えて遊んでいました。特に3つ下の男の子とは今でもよく交流するほどに仲が良いです。

 

小学五年生の頃にとても中の良いオタク友達Rくんが出来ました。休み時間は毎日Rくんとアニメの話をしていました。その頃はそうですねぇ、バカテスとか禁書とか。後はドクロちゃんもよくしましたね。

そういえばこの頃はポケットモンスターダイヤモンド・パールがとても流行っており、僕の家に男女含めて5,6人ほど来て一斉に通信対戦したこともありました。めちゃくちゃ汚い我が家に上げたことを今思い出すとやや恥ずかしいですが。その中には消防の分際で作っていた彼女も居ましたが、僕には友達との差別化が出来ていませんでした。ごめんねYちゃん。

 

六年生の頃に転校してきたTくんとも仲良くなり、よく遊びました。Tくんはデュラララが放送していたことを教えてくれて、好きだと行っていました。同時期にやっていた迷い猫オーバーラン!はエロアニメだと嫌悪していましたが今思えばどう見ても照れ隠しです、本当にありがとうございました。

また、この辺りでひたすらニコニコ動画を見ていましたね。ブロリーMADやら、バトルドームやら。やたら新鮮に感じて楽しんでいました。

 

中学に上がる頃、僕は父親と二人暮らししてました。あっ、言い忘れていましたが僕が小学校低学年の頃に両親は離婚していましたので。僕が中学3年生辺りまでずっとずっとずっとずっとずっと毎年毎年毎年毎年初詣に行くたびに再婚を願っていました。子供の可愛い、細やかな神頼みです。

小学校三年生くらいまでは母親と暮らしていました。沢山小学校を転校しました。住所不定気味だったのですね。それからは「ひとりぼっちじゃ父ちゃんがきっと寂しい」と考え父親と暮らしました。あぁ、楽しかったなぁ。父ちゃんと一緒に暮らすことは幸せでした。

 

 

少し脱線しましたね。

中学生になりました、小学校とは微妙に校区が違ったので殆どの人が知り合いではない中学に行きましたがその頃の僕はコミュ力が最強レベルに高かったので一瞬で友達を作りました。

一年生の頃は色々な人たちと仲良くなりましたが特に同じ吹奏楽部のDくんと仲良くなりました。DくんはややDQN気味でしたので僕は影響を受け自転車改造して遊んでました。ちょっと恥ずかしい思い出ですね。

 

 

二年生の頃。

クラスも代わり、同じクラスのIくんと仲良くなりました。その子はオタク系でしたので気が合いましたし、その頃放送していたギルティクラウンや這い寄れニャル子さんの話はよくしました。また、NHKで再放送していた日常の話もしましたね。

そして…僕は元々理由なく学校をサボってました。そのたびに父を怒鳴らせて、怒らせていました。それからです。僕は父から逃げ、母親と共に住むようになりました。これは呪いです、僕が自分に掛けた呪いで今も解けずにずっと、心に掛かってます。一生解けません。死ぬまで解けません。でも、後悔するのはもっと後なんです。

 

 

学校を転校し、またもや消防時代の同級生たちが居る中学に来ました。もう僕は逃げる事を罪だと考えないようになりました。一時の安らぎこそが至福であると思いました。しばらくして僕は中学校に行かなくなりました。所謂引きこもりです。しかも僕は、理由なく休みたい事がいけないと思い自ら理由を作りました。

SNSツイッターであえてクラスメイトばかりをフォローし、クラスメイトの悪口を書き込みます。そして、そこから僕が犯人であるとクラスメイトに特定させそれを「いじめ」と呼ぶことにより行かなくても良い理由を生み出しました。

 

そして本格的に学校に行かなくなり、スカイプちゃんねるで知り合った同じ引きこもり厨房が集まるグループで仲良くワイワイしておりました。そんな日々を過ごしていたある日、前中学で仲の良かったIくんの友人、Kくんと仲良くなりました。恐らく僕が生きてきたこの人生で今を含め最も仲がよく、信頼している人物です。Kくんも同じく理由なく学校をサボる人でした。夜中に自転車で散歩する所謂「深夜徘徊」にハマり、よく公園で落ち合いその非日常感に浸ったものです。とんだワルガキですねぇ。

 

 

高校に入りましたがその後中退した事以外は割愛します。楽しかったですが、どうだって良い話なので。

 

 

 

そしてニートになりました。

母親が結婚しました。僕の名字は父ちゃんから貰った唯一の証を失い、何も無いただ無意味な時間だけを過ごしました。

 

そこから契約社員になったことはこのブログでも以前記事にしましたね。現状に至るわけです。

全てを書くことはあまりにも膨大なのでかなり荒削りになりましたがこんなものです。

 

 

 

結構時間つぶしになってよかったのですが、なんだか少し気分が沈んでしまいました。やはり、楽しかった頃の記憶を思い起こすのは辛いものがありますね。

 

以上おたんこレポートでした。