おたんこメモリー

おたんこなすな人生だ

劣等感

時折、自分の同級生をネットで見かけることがある。

 

僕は、自分とその他人を比べて激しい劣等感や自分に対する嫌悪感をよく覚える。僕の特性の一つに、「後悔はすれども努力はせず」というものがある。これは過去ばかり見て努力を怠ってきた事を悔やんで「辛い振り」をしているのだ。

 

そんな行為に意味はあるのか?そう思うかもしれないが、死ぬ為の理由付だと言えばカンタンなのかも知れない。とはいえ、痛い事は恐ろしい。死ぬ事がどれほどの恐怖か想像するだけで足が震える。

 

 

 

しかし、死とは同時に現在点から唯一脱出する事ができる抜け穴でもある。死さえすれば少なくとも今いるこの「おたんこなす」という人生からは確実に抜け出せる。なぜ言い切れるかと言えば全く同じ人間が過去として存在した例がないからだ。

 

 

こうして僕はまた脳内で「死ぬ事の良さを理解した振り」をして、自分に安心を求める。f:id:kozupixi:20170326185035j:image

 

 

初めての” 記 事 ”

とりあえず、忘れないうちに今日見た夢の話でもしてみようと思う。

 

舞台設定:僕は楽ということでとある施設でバイトすることになっていた。そしてその施設はバイトの子を軟禁する、宗教じみた施設でした。僕は身ぐるみを剥がされるハメになるのですが、なんとか外に逃げ出せました。

 

外に出てみれば見たこともない場所でしたが、自宅近くにある国道沿いっぽいことは理解できました。そして、追われていた僕はすぐ近くにあるトンネルに逃げ込みました。

 

トンネルの中はとても長く広い空間で、明かりは薄いオレンジ色しか無い。その上真っ直ぐにしか進めないようになってました。

理由は簡単で、しかしながら驚くような状況でした。大量に踏切が重なっていました。つまり真っ直ぐにしか進めないというのは横を見ればびっしりと線路が並んでいたからです。しかも、立ち止まれる部分が殆ど無いのに電車が往復しまくっていてめちゃくちゃ危険でした。

 

僕はその道から家に帰れることを信じてひたすらに走りました。パンツ一丁で。

たどり着いた場所は…

 

 

本当に見たこともない山奥でした。雪が降っており、夢の中でありながらとても震えたことを覚えています。

しかし、引き返したくはありませんでした。死ぬ思いであの踏切トンネルを越えたからです。

 

僕は仕方なく、どうにか助かるために暖かい場所を探して下っていきました。そうすると何故かゲーセンがありました。ゲーセンには大した数のゲームは置いておらず、やたら自動ドアで部屋分けされてました。半裸であった私は人の視線に耐えられず、とっとと通り過ぎようと走って自動ドアの先へ進んでいきました。

 

最終的には、なんと駅の改札がありました。「助かった」、一瞬思いましたが財布も奪われたので何もありませんでした。ここで最も驚いたことになんと小学校以来の旧友が同じくパンツ一丁でたってました。二人でどうしようか話していると現実では会ったことはないが何故か知り合いという人物が現れ、3人で話している中目を覚ましました。本当に山の中に出てきた時は絶望感がすごかったですね…。

 

 

なんなんだこの話(困惑)